北海道雄武町で注目されている金・銀の鉱化は、突然見つかった一つの「巨大金脈」ではない。

調査は段階的に進んできた。2016年にシリカシンター(温泉から沈殿した珪質物)が見つかり、2019〜20年の掘削で金・銀を含む地層が確認された。さらに2026年6月25日、Irving Resourcesは、地表に近い熱水の通り道とみられる部分で、47.7mにわたり金0.98g/t、銀68.96g/tを確認したと発表した。

要点

開発に有利な材料はある。しかし資源量や埋蔵量はまだ確定していない。現段階は「有望な探鉱成果」が得られた段階であり、「新しい金山が成立した」と判断するには早い

世界の金市場――投資と中央銀行の買いが価格を支える

金は宝飾品だけに使われるものではない。投資先としても、工業材料としても大きな需要がある。

2025年の世界の金需要は、店頭取引を含めて約5,002tだった。内訳は、投資が2,175t、宝飾品が1,542t、中央銀行などが863t、工業・技術用途が323tである。特に上場投資信託(ETF)には801tの純流入があり、投資需要が金価格の上昇を支える大きな要因となった。

2026年第2四半期も総需要は1,269tで、このうち中央銀行などが289t、工業・技術用途が80tだった。金が「金融資産」と「工業材料」の両方として求められる構図は続いている。

世界の需要・供給2025年(t)2026年第2四半期(t)
宝飾品1,542.3278.2
工業・技術用途322.880.4
投資2,175.3262.2
中央銀行など863.3288.9
鉱山からの生産3,671.6*965.6
再利用1,404.3326.1

* 2025年の鉱山生産量は、世界金協会が通年発表時に示した推計値で、後の統計で修正される可能性がある。

中国とインドが大きな需要国

現物需要では、中国とインドの存在が大きい。2025年の中国本土では、宝飾品需要が360.1t、地金・金貨が431.7tだった。インドでは、それぞれ430.5tと280.4tだった。両国だけで、世界の地金・金貨需要の半分以上を占める。日本は宝飾品が13.5t、地金・金貨が4.0tだった。

一方、鉱山からの生産では、米国地質調査所の推計で中国が約380t、ロシアが約310t、豪州が約280tと主要な生産国になっている。金を多く買う国と、多く掘る国は必ずしも同じではない。

金価格は20年前より大幅に高い

雄武の金鉱床が採算に乗るかを考えるうえで、金価格の上昇は重要である。世界銀行による年平均の現物価格は、2006年の1トロイオンス当たり約603ドルから、2025年には約3,442ドルまで上昇した。約5.7倍である。

2026年はさらに高い水準にあり、世界銀行による7月平均は約4,073ドル、世界金協会による2026年第2四半期のロンドン金価格午後値の平均は4,506ドルだった。統計の取り方や期間は異なるため単純比較はできないが、金の探鉱を取り巻く価格環境が20年前と大きく変わったことは確かである。

金価格の長期推移(代表年、米ドル/トロイオンス)

なぜ日本に金があるのか――火山と熱水がつくった鉱床

日本の代表的な金鉱床の多くは、比較的新しい時代の火山活動や熱水活動によってできた浅熱水性金銀鉱床である。

地下の熱水が断層や岩の割れ目を通って上昇すると、圧力が下がって沸騰したり、冷えたり、別の水と混ざったりする。その結果、熱水に含まれていた金や銀が、石英などとともに沈殿する。特に「低硫化型」と呼ばれる浅熱水性鉱床では、熱水の沸騰や急激な圧力低下が、金・銀の濃度を高める重要な働きをすると考えられている。

雄武は典型的な浅熱水系に近い

雄武地域の地質は、この仕組みとよく合う。2025年に発表された査読付き論文では、北海道北東部・北見地域の雄武鉱床群を、中新世にできた低硫化型の浅熱水系と位置付けている。

音稲府川沿いで見つかったシリカシンターは、かつて地表に噴き出した温泉から珪質物が沈殿してできたものと考えられている。重力、磁気、電磁気を使った地下探査からは、北北東―南南西方向に延びる地溝の東端にある正断層が、熱水の通り道だった可能性が示された。2019〜20年の掘削では、このシリカシンターの下に金・銀を含む地層があることが確認された。

菱刈鉱山と同じ種類の鉱床

鉱床の種類という点では、鹿児島県の菱刈鉱山とも共通する。菱刈鉱山は現在も国内で唯一、大規模な商業生産を行っている金鉱山である。1985年の出鉱開始から2025年3月までの累計産金量は272.6tに達した。

つまり、日本から金が「なくなった」わけではない。問題は、高い品位の鉱床を、採算が合う形で掘れる場所が限られていることにある。

日本の金山はなぜ衰退したのか――資源が尽きたからだけではない

日本の金山が減った理由は、単純な資源の枯渇だけでは説明できない。

戦時中に多くの金山が閉鎖

1943年の「金鉱業整備」では、戦時中に銅や鉛などの軍需金属を優先するため、大部分の金鉱山と青化製錬所が閉鎖された。そこで使われていた人員、設備、資材は、ほかの金属の採掘や製錬へ回された。このため、日本の金山減少には政策による大きな断絶があった。

戦後は「掘れるか」より「採算が合うか」

戦後は、鉱山ごとの採算性がより重要になった。鉱床が地下深くまで延びるほど、坑内の水をくみ出す設備、換気、坑道の維持、鉱石の運搬などに費用がかかる。

佐渡の相川金銀山では、最終的に坑道の総延長が約400km、最も深い場所が海面下530mに達した。操業は1989年に終わっている。現在の鉱山会社も、金属価格、為替、エネルギー費、必要な投資額、埋蔵量などを厳しく見極める。品位が低く、規模も小さい鉱体ほど、海外から輸入する鉱石との競争で不利になりやすい。

現代は環境対策や保安にも費用がかかる

現在の鉱山開発では、鉱山保安法や金属鉱業等鉱害対策特別措置法に基づき、坑内から出る水の処理、土地の掘削、鉱害防止、閉山後の対策などが必要になる。これらは環境を守るために欠かせないが、昔の金山にはなかった費用や技術上の条件を加えることになる。

専門資格を持ち、鉱山の安全を管理できる人材も必要だ。Irving Resourcesも、日本国内の事業で必要な資格を持つ鉱山管理者を配置している。このため、「規制・環境対策・人材」は、過去の金山が閉山した直接の理由というより、現代に鉱山を新しく開く、または再開する際の高い壁と考える方が正確である。

雄武町の「Omu Sinter」で何が見つかったのか

雄武の発見は、一度に起きたものではない。何年もかけて調査が進められてきた。

2016年から調査が本格化

Irving Resourcesは2016年、それまで記録されていなかったシリカシンターを確認した。その後、地球化学調査、物理探査、掘削を進めた。

2023年までに同社は、シリカシンターをおおむね幅200m、長さ400m、厚さ数m〜54.5mと見積もった。平均的な厚さを約20mとすると、「100万m³を超える」浅い珪質岩体になると推定している。ただし、これは正式に算定された鉱物資源量や、採掘可能な埋蔵量ではない。

2026年6月、重要な掘削結果

大きな転機となったのは、2026年6月25日の発表である。Irving Resourcesによると、掘削孔「26OMS-002」では、岩盤の上端から孔の底まで47.7mにわたり、平均で金0.98g/t、銀68.96g/tが確認された。金に換算した品位は2.06g/tだった。

その中には、7.0mにわたり金4.05g/t、1.05mにわたり金10.68g/t・銀187.81g/tという、より高い品位の区間も含まれていた。

しかも孔の底でも鉱化が続いていた。同社は、この部分を地下から熱水が上がってきた「熱水の供給路」とみている。ただし、本当の鉱体の幅はまだ分かっていない。また、同社自身も、この掘削結果が鉱区全体を代表するとはしていない。

金だけでなく「高シリカ」にも価値の可能性

2025年に行われた土木・地下水調査では、別の3本の掘削孔で、19.8〜43.2mにわたり金約0.49〜0.62g/t、シリカ95.8〜97.8%が確認された。地下水面は掘削深度約30mにあり、同社は主な浅部鉱体の多くが地下水面より上にあるとみている。

この鉱体の特徴は、金や銀だけではない。シリカを多く含む岩石を、国内の非鉄金属製錬所で溶剤として利用しながら、金・銀も回収する構想がある。

JX Advanced Metalsは、3年間で最低3億円を探鉱や関連事業に支出することを条件に、「Omu Sinter Pit」の最大75%の権益を得られる契約を結んだ。現在の掘削費もJX側が負担している。

発見から商業化までの流れ

  1. シリカシンター発見
  2. 金銀鉱化を掘削で確認
  3. 浅いシリカ体を評価
  4. JXが共同探鉱に参加
  5. 地下水・岩盤を調査
  6. 高品位の熱水供給路を確認
  7. 追加掘削、資源量の評価、採算・環境・許認可の審査を経て、商業開発するか判断

2016年から2026年までの経緯は、査読付き論文とIrving Resourcesの発表に基づく。一方、図の後半にある「資源量の評価」から「商業開発の判断」までは、一般に鉱山開発で必要になる次の段階を示したものである。すでに開山が決まったという意味ではない。

雄武に期待できる五つの材料

  1. 金・銀を含む部分が地表に近い。
  2. シリカが多く、製錬用の溶剤として金以外の価値を持つ可能性がある。
  3. 品位の高い熱水の供給路が見つかり、さらに地下深くを調べる価値が出てきた。
  4. 国内の大手非鉄金属企業であるJXが資金を出している。
  5. 金価格が歴史的に高い水準にある。

一方、まだ分かっていないことも多い。特に重要なのは、地下にある金・銀の総量、実際に採掘できる量、熱水の供給路の本当の幅と広がり、採掘費、製錬所までの運送費、金・銀をどれだけ回収できるか、地下水や鉱害への対策である。

公開資料では、NI 43-101などの基準に基づく鉱物資源量や、事業として成立するかを詳しく調べる事業化可能性調査はまだ示されていない。2026年6月時点でも、同社は追加掘削の許可を申請している段階だった。

したがって、現時点で「金山を発見した」と言い切るより、「有望な浅熱水性の金銀鉱床で、重要な熱水の供給路を捉えた」と表現する方が正確である。

地域経済と日本の資源政策に何をもたらすか

もし商業生産まで進めば、探鉱、採掘、重機、安全管理、測量、運送、宿泊など、地域でさまざまな仕事が生まれる可能性がある。

自治体には鉱産税もある。月の鉱物価格が200万円を超える事業場では、標準税率は1%、制限税率は1.2%である。ただし、雄武ではまだ生産量も売上高も決まっていない。そのため、現時点で雇用人数や税収額を具体的に計算することはできない。

事例現在の状況・特徴地域・経済面から見た意味
雄武「Omu Sinter」探鉱段階。浅いシリカ体に金・銀を含み、JXも参加初期投資や雇用の可能性はあるが、資源量、採算、許認可は未確定
菱刈鉱山現役の大規模商業金山。1985年以来272.6tを産出高品位なら、日本国内でも長期操業と技術の蓄積が可能
佐渡・相川金銀山1989年まで操業。坑道は約400km鉱山は道路、町、物流を支える一方、閉山後の地域転換も必要

環境への影響は慎重に見る必要がある

鉱体が浅ければ、地下深くを掘る鉱山より開発しやすい可能性がある。しかし、地表の改変、粉じん、鉱石を運ぶ車両の増加、地下水への影響などは無視できない。

シリカを製錬用の溶剤として鉱石ごと製錬所へ送る方法が成り立てば、現地に大規模な青化処理設備を置かずに済む可能性がある。その場合、一般的な金鉱山に比べ、現地の処理設備や尾鉱に伴う危険を減らせる可能性がある。

ただし、これは現在示されている事業構想から考えられる可能性にすぎない。環境への影響が小さいと実証されたわけではない。鉱山の安全管理、鉱害防止の手続き、地域住民との合意は、いずれにしても欠かせない。

結論――「新金山」ではなく「有望な探鉱案件」

雄武の重要性は、「日本で初めて金が見つかった」ことではない。

歴史的に金を産出してきた地域を、現在の物理探査や掘削技術で改めて調べた結果、地表に近く、金・銀を含み、さらに製錬用の溶剤として利用できる可能性がある鉱体と、その供給源とみられる高品位部分が同時に見えてきたことに意味がある。

査読付き研究も、雄武・北見地域に金・銀を探す余地があることを示している。JXの参加と高い金価格も、経済面では追い風になる。しかし、47.7mにわたる良好な掘削結果は、そのまま「埋蔵量」を意味するものではない。

今後は追加掘削で鉱体が三次元的にどこまで続くのかを確かめ、資源量を計算する必要がある。そのうえで、採掘、運搬、製錬にかかる費用、地下水や環境への影響、法律上の許認可を一つずつ確認しなければならない。これらを満たして初めて、「新しい金山」と呼べる段階に入る。

2026年8月19日時点で最も妥当なのは、雄武を「国内では珍しく、商業化を具体的に検討できる段階へ進みつつある金銀の探鉱案件」と見る評価である。

地域振興や資源の安定確保につながる可能性はある。ただし、それはまだ「可能性」であり、確定した経済価値ではない。

参考文献・資料

本文では、企業側の将来予測を確定した事実として扱わず、確認済みの掘削結果、学術研究、公的統計を優先した。特に「地下深部で極めて高い品位が期待できる」といった見通しや「95%以上の回収率」といった数値は、企業側の技術的な見通しとして扱っている。

  1. Terryほか『Discovery of the Otoineppu Epithermal Project, Omu Camp, Hokkaido, Japan』――雄武鉱床の発見経緯と地質に関する査読付き論文。
  2. Irving Resources――2026年6月25日発表。掘削孔26OMS-002の金・銀品位、熱水の供給路に関する発表。
  3. Irving Resources――2026年5月発表。2025年の地下水・岩盤調査、高シリカ岩、金・銀回収構想に関する発表。
  4. Irving Resources――Omu Sinterの探鉱経緯、浅いシリカ体の規模に関する資料。
  5. JX Advanced Metals / Irving Resources――Omu Sinter Pitの共同探鉱、権益取得条件、探鉱費負担に関する資料。
  6. World Gold Council(世界金協会)――2025年および2026年第2四半期の世界の金需要・供給統計。
  7. World Gold Council(世界金協会)――国別の宝飾品、地金・金貨需要に関する統計。
  8. World Bank Commodity Price Data “Pink Sheet”――金の年平均価格および2026年の月平均価格。
  9. U.S. Geological Survey――主要国の金鉱山生産量に関する推計。
  10. 住友金属鉱山――菱刈鉱山の操業実績、累計産金量に関する資料。
  11. 佐渡市――相川金銀山の坑道延長、最深部、操業終了時期に関する資料。
  12. 経済産業省――鉱山保安法、鉱害防止、鉱業政策に関する資料。
  13. JOGMEC――金鉱業整備、鉱害対策、鉱業制度に関する資料。
  14. 地方税制度に関する公的資料――鉱産税の標準税率・制限税率に関する資料。
  15. 浅熱水性金銀鉱床、低硫化型鉱床、熱水の沸騰と金銀沈殿の仕組みに関する地質学・鉱床学資料。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

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